「文脈と言葉とコミュニケーションと整合性の問題」8月11日の連ツイまとめ

「偽善」という言葉からわかるけども、私たちが日常使う言葉には「内容」や「質」が定義付けられてないんだよなあ。例えば「バカ」ひとつ取ったって「周りを楽しくさせるバカ」と「周りを不快にさせるバカ」の両方がいるわけだよ。

 

 sillyridiculousidiot, moron, imbecile, dimwit, dunce, wallydummy, dumbosimpletonblockhead, pinhead, knothead, knuckleheadetc……。

 

 「バカ」ひとつ取っても英語にはこれだけ表現の幅がある。中にはあんまり使っちゃいけない言葉もあるけど、使い分けができるだけ遥かに英語のほうが良心的な言語かもしれない。

 

 英語における「使い分け」というのを日本語使用者の間で補完するものはほぼ「前後の文脈(コンテクスト)」しかないわけで。だから私はしばしば実感するんだけど、「話が通じない」という感じがするのは、私が彼らに通ずる文脈からほとんど“疎外されている”からなんじゃないかと思う。

 

「話がまるで通じない」という事態は誰もが経験済みだと思うけど、そういう実感を得たときはもう相手と文脈をほとんど共有していない、あるいは同じくしていない可能性が高い。今の日本のまとまりの無い感じ、その状態が例え混沌なのだとしても然るべき論理のはたらいていない感じ、この情況が将来も続くとしたなら、私はほとんどもうこれは修復のしようがないと思う。文脈が分断されている上に、それを唯一繋げる能力を持つ概念である言語も未熟で(または言語能力が未熟で)、まともなコミュニケーションがとれない。

 

 文明開化後、明治期の学者たちは西洋から新しい概念が流入するのと同時に新しい言葉もどんどん開発していったもんだけど、いまの人たちは概念が曖昧なら定義も曖昧なバズワード、スラングで会話してる。つまりは、日本語自体が地下化してる。そしてそれを扱う人たちは地下組織化している。

 

 それを「再方言化」とキレイに呼ぶこともできるかもしれない。でも、あくまで「地下組織化」なのは、それがひとつの国民国家内で生じ、なおかつ特定の地域ではなく、特定の文脈を共有した者同士の繋がり内でのみ通じる言葉だから。

 

 思えば「そう思うならそうなんだろう。お前んなかではな」って文句がスラング化してる現状すごい閉鎖的な印象がする。はなから話を聞く気も理解する気もないことを確認するのにとてもわかりやすいから便利っちゃ便利だけど、共有すべき文脈が一方的に寸断されている感は否めない。