神は風を備える。だが人は帆を上げなくてはならない。

 記事タイトルは私の座右の銘です。

 これを語った人物は『神の国』を著したことで有名なアウグスティヌスです。

 

 世の中にはいろいろな、さまざまな「風」が吹いています。大小さまざまであるがゆえに、時には向かい風のように感じられることがありますし、時には吹いているのかすらわからないほどのそよ風であるかもしれません。ですが、地球が動いている限り、風は必ず吹くものです。

 

 今日大航海時代と呼ばれている時代に生きていた船乗り・探検家たちは、地球に吹く風を掴んでインドを目指しました。豊富な香辛料を獲て、大金を得るためです。しかし、そこに至るまでには苦難の道なりももちろんあって、多くの人間が遭難したり、道半ばで倒れたりしたことと思います。

 

 それは人間の社会でも同じことが言えるかもしれません。私たちは日常を変わりない退屈な日々と捉えがちですが、必ずどこかで物事が起こっています。そして、それはバタフライ・エフェクトのように、少なからず私たちの日常を変化させています。その動きの中でなにも手を打たなければ、私たちの日常は風に侵食を受けるように風化していくでしょう。

 

 でも、もし自分が何か大なり小なり目標や目的を持って、その風の流れに気づくことができたなら。それはおそらく大海原への偉大な追い風となりえます。問題は、その風に気づき、掴むことができるのか否か。

 

 残念ながら、身体的にも精神的にも鬱屈し硬直した現代社会では、そこに吹く風というのは微々たるものです。多くの人たちはその風の動きに気づかないでしょう。なにか大きな風なら、かろうじて気づく人もいるかもしれませんが、きっと現代でそんな大きな風は起こりえない。そんな都合のいい風が吹くことを期待してはいけない。

 

 けれども、風は微々たるながらも確実に吹いています。私たちの日々の生活の中で、風は確実に吹いています。

 

 「神は風を備える。だが人は帆を上げなくてはならない。」

 

 私たちの知らないうちに、風は豊かに吹いています。その風に気づき、掴み、うまく自分の目指す先への航路とできるかは、私たちひとりひとりの努めにかかっていると思います。